ちょっとお出かけ
焼津荒祭り
2006.08.17
焼津神社の御祭神は日本武尊で、創建は駿河国風土記によると反正天皇4年(409)といわれている。
8月12日、13日の焼津神社大祭は東海一の荒祭りとして有名だ。神輿渡御は勇壮で総勢200人の神役の行列に加えて、白装束を身に纏った大勢の男たちが「アンエットン」の掛け声も勇ましく2基の神輿を担ぎ街に繰り出すのだ。そして、13日の深夜 日付が変わる頃まで焼津の街は祭りの興奮と熱気に包まれるのだ。
『焼津』の地名は、日本武尊が東征の途中、野原に火を放たれとき天叢雲の剣で草を薙ぎ払い向かい火を放って敵を滅ぼしたという故事に由来する。 また、このことから天叢雲の剣を『草薙の剣』という。
北御旅所
神輿、行列は13日午前10時に神社を出発し,4箇所の御度所で神事を行う。
北御度所では、浦安の舞が奉納され、御共捧(おんくささげ)が神饌を三宝にのせて献供する。これは北御度所の沖合に神岩(かんいわ)と呼ばれる岩があり、遥か彼方の海より神々が集まり来るところで、日本武尊が上陸した場所として伝承されているためだ。
かつて、
晩年の毎夏を北御旅所から程近い、魚屋の山口乙吉邸の二階で家族と共に過ごしていた小泉八雲は
婦人に「焼津には神様がいる」と話していたという。
この山口乙吉邸は愛知県犬山市の明治村に移築保存されている。
写真は『御共捧』役の少女
焼津御旅所での御神子(いちっこ)の馬駆け、流鏑馬の神事が終わると神輿は神社に戻り、境内で担がれあおられた後、神輿の鳳凰が外され本殿に還御し荒祭りは終わる。